教育天声人語
教え子は“ゲタ”を履いている


  最近知人から以下のような話を聴いた。
 タクシーに乗り、ひょんなことから運転手といろいろ話すようになった。運転手は少
 し前まで観光バスの運転手をしていた。が、コロナ禍で需要がなくなり、基本給の15
 万円だけでは家族を養えなくなった。で、タクシー会社に転職。そこは完全歩合制で、
 月によっては観光バス時代をも下回るそうである。
  帰宅後、外資系に勤める娘婿にこの話をしたところ、次のように言われて話は終わっ
 てしまった。「これからは自動運転になるという時代に、『車の免許証』で生きていこう
 というのがそもそも間違っている。自己責任じゃないですか」
  言っていることは間違っていない。むしろその通りである。が、『自己責任』と突き放
 して済ませていいものだろうか。外資系に勤めているということは、能力も高く、かつ。
 自分でもものすごい努力もしてきたのだろう。
  が、恵まれた環境の下で育てられてきたことも事実ではないのか。
  私立の中高一貫校、私立小学校に学ぶ生徒、児童には、「キミたちは生まれた時からゲ
 タを履いて育ってきたんだよ」と告げてほしい。今の日本の状況を見るに、ゲタを履い
 ていない人たちがたくさんいる。そうした人たちに手を差しのべなければ、困っている
 人はどんどん生活苦に陥り、社会はどんどんギスギスしたものになってしまう。
  テレビを見ていたら、3000万円の腕時計をしたプロ野球の選手に向かって、「子ど
 もに夢を与えますね」とバカなことを言っているアナウンサーがいた。芸能人のセレブ
 な生活をこぞって取り上げるワイドショーがある。
  人知れず子ども食堂に寄付している選手、芸能人こそ称えてほしいものである。

「ビジョナリー」2023年1月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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