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例年、5月、6月はある冊子の仕事で学校を訪ね、校長(テーマによっては担当者)
と対談する。そのほか講演、座談会、地方での仕事もあったりするので体力的にも結構
ハードな2か月である。学校ではだいたい校長室に招かれる。半数くらいの校長室には
壁面に歴代の校長の写真が掲げられている。全員威厳がある。年齢的には皆今の私より
下だと思うが、私よりはるかに貫禄がある。私はもちろん風采が上がらないほうだが、、
現役の校長と比べても(失礼)昔の校長のほうが堂々としている。壁面の写真を見るた
びに日本の男はだんだん幼くなっているのではないかと感じる。
日本経済新聞の「私の履歴書」の2022年5月は漫画家の里中満智子さんである。
6回目でこんなことを書いている。
「私は1948年?まれの団塊の世代なので、ものすごく人数が多い。上の学年は半分くらいしか
いなかった。だから私たちは?学?の時から”お相?探しにあぶれる”と思っていた。ゆえに私たちは早く
から自分一人食べていく方法を考えた。」
これにも愕然とした。私はまさにそのお相手の世代なのだが、小学生時代に社会をに
らんで将来を考えるなんてことはしたことがなかったと思う。「真田十勇士」や「里見八」
犬伝」の登場人物名を覚えるのに一生懸命だった、そんな程度のことしか浮かばない。
いま大学のキャンパスに行くと、学生の顔が自分のころの高校生の顔である。長いこ
と教壇に立たれている先生も昔の教え子と比べて同様なことをお感じではないだろう
か。どうしてなんだろうか。一つは、親も学校も年々過保護に育てていることにあると
思う。
真剣に「大人にする」ことを考えたい。社会の問題を自分事として考えさせると同時
に学校生活のいろんな場面で「大人扱いをする」ことを積みかさねたい。
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