教育天声人語
校名は変わっても……

  偶々つけたBSの番組で、「昭和の名曲アルバム」というのをやっていた。合唱団が歌っていた。
 本を読みながら聴くとはなしに聴いていると知った旋律が流れてきた。合唱団の歌声だったので、
 すぐにはわからなかったが、フランク永井の「西銀座駅前」だった。各小節の最後の歌詞「いかす
 じゃないか 西銀座駅前」がたちまち脳裏に浮かんできた。「いかす」って、意味わかりますか。
  これを読んでいるほとんどの方は架空の駅と思われたかもしれない。が、私の中高時代には実
 在したのである。日比谷線ができて(私が子どものころは地下鉄は銀座線と丸ノ内線しかなかっ
 た)、銀座線の銀座駅と統合されるまでは丸ノ内線の駅名は西銀座駅だった。丸ノ内線が池袋か
 らだんだん延伸されてきて、一時期ここが終着駅だったこともある。場所は数寄屋橋辺り。以前
 の東芝ビル、いまの東急プラザ銀座がある交差点辺りになる。西銀座デパートという名称で残っ
 ている。
  駅名はなくなっても、駅は必要とされ、存続している。学校も同じだ。
  この3月、戸板女子高校(中学は戸板中学校で、高校にだけ女子が入っていることが不思議だっ
 た)に入学した最後の生徒が卒業式を迎えた。古くからの戸板の関係者にとってはさぞ感慨深い
 ものがあると思う。
  元の校名が一部残されている学校もあるが、日本橋女学館、横浜山手女子、東横学園、順心女
 子学園……と、校名が全く変わってしまった学校も数多くある。これらの学校はすべて女子校か
 ら共学化した学校だ(男子校から共学化した場合は、もともと校名に「男」が入っていないから、
 変える必要がない)。共学化し、時代に合わせた教育内容に変え、皆大きく飛躍している。
  校名はなくなっても、いい学校になってさえいれば、時に思い出す人はきっといる。

「ビジョナリー」2017年4月号掲載     |もくじ前に戻る

(c)安田教育研究所 無断複製、転載を禁ず