教育天声人語
「聞き書き甲子園」

 「聞き書き甲子園」をご存じだろうか? 私はつい最近、阿川佐和子さんの著書で知ったばか
 りである。
  2002年に林野庁の後押しで始まった企画で、高校生が、森と関わる様々な職種の「森の名手・
 名人」に会い、一対一の対話を通して、その知恵や技、人生を「聞き書き」するというもの。
 2010年からは「海・川の名人」も対象となっている。
  自分で見ず知らずの名人(ほとんどが高齢者)に連絡を取り、訪問日を決めて一人で山の中に
 訪ねていき、話を聞いてリポートにまとめる。多くの高校生は、名人が山や森の中をスタスタ
 歩くスピードについていけなかったり、自分の5倍も年をくった老人を前にして緊張のあまり
 声が出なかったりするという。話してもらえても、方言がきつくて、何を言っているのか皆目理
 解できないというケースも……。要するに、高校生自身もとてもシンドイ思いをする。
  実は阿川さんは、こうしたインタビューに出かける高校生たちに、インタビューの心得のよう
 なことをレクチャーする仕事をしている。
  この企画、後継者がいなくて消滅しそうな仕事に高校生の関心を喚起することを目的に始まっ、
 たようだが、これ自体が高校生をものすごく成長させるものだと思う。ひとかどの人は、さまざ
 まな困難を乗り越えて今の仕事に熟達してきたはずだ。何度もやめようとしたことがあったかも。
 しれない。仕事そのものにも人一倍いろいろな工夫を凝らしてきたことだろう。
  生身の人のそばで長時間過ごし、一対一で真摯にそうした話を聞く。高校生を大人にするとて
 もいい機会だと思う。
 「森・海・川の名人」でなくてもいいので、先生の学校でも「聞き書き甲子園」を開催されて
 はどうだろうか。

「ビジョナリー」2012年7月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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