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カバンの中から「中島敦展」のチラシが出てきた。どこで手に入れたのか記憶がないのだが、
県立神奈川近代文学館のものだから、横浜であったイベントの折にでも無意識に手に取ったも
のだろう。ひっくり返して裏面を眺めて、ビックリした。記念特別朗読会「萬歳、敦を語り読む。
─其弐─」という催しが10月2 日に横浜能楽堂であり、そこで「わが西遊記─悟浄出世・歎異─」
を野村萬歳ほかが朗読するという。
中島敦の『悟浄出世・歎異』は、私にとって忘れることができない作品である。
35年も昔のことだが、高3の現代国語の先生が、「君たちの学習態度は真摯でないから、俺
は授業をしたくない」と言って教室に来なかった。その代わり出されたのが、「『悟浄出世・歎異』
を読み、『個』とは何か?」について書くという課題であった。
三蔵法師に従って天竺を目ざす沙悟浄は、まさに自分だった。孫悟空のように豊かな才能に
恵まれた自信満々の天才と、悩みなどこれっぽっちもなく誰とでも仲良くなれてしまう楽天家
の猪八戒に挟まれ、自分にはこれといった才能もなく、三蔵法師のお役にも立てず、いったい
自分はどう生きていったらいいのかひたすら悩みまくる沙悟浄。
この本のお陰で(?)、ますます泥沼の闇にはまってしまった高校時代。が、今の私のメンタ
リティーは、間違いなくこの本に影響されている。
図らずも、私にいちばん影響を与えたのは「授業をしなかった」教師という皮肉な現実。
今、「授業アンケート」を取ることが盛んである。生徒だけでなく、保護者にも取る学校もあ
る。当時「授業アンケート」があったならば、この教師などは最悪の結果だったろう。
こうした経験からすれば、「授業アンケート」は卒業生にも取ってもらいたいものである。大
人になって振り返ったときの評価は、在学中とはまったく異なるものになるのではないだろうか。
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