教育天声人語
きみたちは単なる生徒である

  内田樹(神戸女学院大学教授)が、こんな趣旨のことを言っている。「いまの子は、はじめての
 社会参加が、労働者としてでなく、消費者として始まる」。家の手伝いをしてお駄賃をもらうと
 いう経験を経ずして、いきなりお金を持ってお店に行き、「お客様」扱いされる。ここから子ど
 もの勘違いが始まっている、というのである。
  かつて、三波春夫が「お客様は神様です」と言った。ショーに来てくれなくては、レコードを買っ
 てくれなくては成り立たない人気稼業にしてみれば当然の言である。その後、これがサービス
 産業全般に広がり、いまでは学校現場にもこうした考え方をする先生がいる。都立高校の学校
 経営計画の文言の中にも、「顧客第一主義」といった表現が見られる。
  学校であれば、「顧客第一主義」の中には当然「生徒第一主義」というニュアンスがあるはずで
 ある。ではなぜ、「生徒」ではなく、「顧客」なのか。学費を出してくれる保護者の方をより強く
 意識しているから「顧客」になるのだろうか。
  「お金を払う消費者の方が偉い」という風潮はいつごろからそうなったのだろう。私の高校時
 代には、政治経済の先生から「きみたちは単なる消費者で、社会に何も貢献していないのだから、
 電車でもバスでも立っていなさい」と言われたものである。
  「モンスターペアレント」「ヘリコプターペアレント」が誕生するのも、「単なる消費者」から
 「消費者の方が偉い」に文化が変わってしまったことが影響している。
  これ以上、学校現場がそうした変化にさらされないようにするためにも、「顧客第一主義」、
 「生徒第一主義」などという表現は使わないようにした方がいいのではないだろうか。
  「きみたちは単なる生徒なのだから」、謙虚に学びなさい、将来社会に貢献できるよう努力し
 なさい。そういう方針を支持する人も少なくないと思うのだが。

「ビジョナリー」2009年10月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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