長編学校ガイド
 
鴎友学園女子中学校 東京都 女子校
「英語による英語授業」から見えること

◆英語教育を模索する私立学校

 最近塾説に伺うと、説明の中に、英語についてどのような教材を使用しているかという話があることが多い。たくさんある教科の中で、英語に最も授業時間数を配分している、また保護者の関心が最も高い教科であるだけに、各学校とも英語にはかなり力が入っている。とりわけ女子校においては、私立大学入試で英語の配点比率が高いだけに、学校の出口の実績にストレートに反映するということがあるため、英語に力を入れざるをえないという事情がある。また、男子の保護者と違って、女子の保護者は実際に使える実用英語の習得も望んでおり、こうした点からも女子校の英語は受験英語に徹することができる男子校に倍する負担(?)がかかっている。こうしたこともあって、男子校や共学校ではまず見られない、自校の英語教育のデモンストレーションや生徒による英語のパフォーマンスが女子校ではよくある。
 話に出る使用教材であるが、きわめて多様になっていることが近年の特徴である。「Progress21」「Treasure」「Birdland」「Just English Is It」…といった検定教科書以外の教材を使っている学校が非常に多くなっている。どのようなテキトを使うか、またどのような部分(リーディング、ライティング、リスニング、会話など)にどの程度比重を置くか、各校が他の教科以上に検討し、模索していることがよくわかる。

◆授業の特徴は「変化」と「集中」

 そうした各校の英語教育の一端に触れる中で、鴎友学園が4年程前から「英語による英語授業」を行っていることが気になった。英語が苦手なこともあり、これまで各校の授業見学でも英語の授業はサッとのぞく程度であったが、今回この授業をのぞいてみたくなり、12月のある日、出かけていった。
 この日、英語科の主任・高見信子先生の授業は中2であった。クラスを2分割し た20人ほどのクラス。教室もセミナー室のような狭いところである。
 まず、授業の展開を簡単に説明しよう。



 この日は45分授業であったが、これだけ変化があるとあっという間に終わった。因みにこの間、先生は全く日本語をしゃべらない。授業全体がリスニングの比重が高いから、生徒は集中していなければたちまち理解不能になる。必然的に緊張感の ある、密度の濃い授業となる。途中で辞書を引く姿もまったく見なかった。
 こんな調子であるから、私がいても生徒は全く無関心。そばに行ってノートをのぞき込んでも、全く態度に変化はなし。自分があたかも透明人間であるかのような 気持ちにすらなった。印象的には、中2のクラスとは思えないくらい大人っぽい落 ち着いた雰囲気であった。

◆英語教育、転換のきっかけと意図

 授業の後、鴎-友学園の英語教育の大きな舵取りの転換を図った背景・意図、こうしたことによる変化などについて知りたかったので、高見先生に時間を取ってもらった。ここにそのポイントと思われることを記すことで、英語科のみならず他の教科の先生にも、ご自分の教科について考える参考にしていただきたいと思う。

Q こうしたことを考えたきっかけは?
 年々、生徒の人間関係作りが下手になってきたので、2004年、鴎友学園は通常各学年6クラスのところを中1については8クラス編成(1クラス30人学級)にすることにした。女の子は、友だち関係が安定しないと、勉強にも集中できないという認識である。こうした少人数編成になるという環境の変化が前提としてあったという。

Q なぜ「英語による英語の授業」であったのか?
 以前から高見先生は現行の英語教育では早晩行き詰まると感じていた。「英語を英語で理解できるようにしないと、これからの社会では役立たない」「大学受験にしても、長文になればなるほどいちいち日本語に訳していたのでは追いつかなくなる」……。
「言葉は実技である」---使えるようになってはじめて意味がある。コミュニケーションを取れるようになることこそが言葉を学ぶ意味ではないのか。
「教室、校内という狭い空間でできるようにするのではなく、社会において生徒が自分の力で英語の世界を探検できるようにしておいてあげたい」---そう考えて、2004年に向けて、どのような英語教育にしたらいいか根本のところから考え始めた。
「ネイティブでなく、われわれ日本人教師で日本語を使わない英語授業ができな いか」。


Q 他の私立では「Progress21」や「Treasure」など、検定教科書以外のテキストを使っているが、そうしたものではダメだったのか?
「教わるのではなく、生徒が自分から学ぶように出来ないか」といったことももう一つの大きなテーマだった。日本の教科書は基本的に、教師が説明、解説するように出来ている。そのやり方では、どうしてもかたちとしては受動的な学びになってしまう。レベルの高いものを使ったり、ボリュームを増やしたりしても、本質的な学びの姿勢は変わらない。
いろいろ検討した結果たどり着いたのが、オックスフォード大学出版局が出して いる外国語学習者用のテキスト“OPEN HOUSE”と、イギリスの小学校で広く使 われている“Oxford Reading Tree”シリーズの組み合わせであった。先に、先生 が大量の本を教室に持ち込んだと記したが、その一部が“Oxford Reading Tree” である。どれもごく薄い。シリーズの最初の何冊かは絵だけで文字のない文字通りの「絵本」である。ステージが上がるにつれてだんだんに文字量が増えていく。こう した楽しい読書を積み重ねることで、生徒は徐々に英語の世界に慣れ、親しみを覚えていくようになる。中1の1年間で、ステージ4まで約100冊読み、さらにそのほ かの本を合わせると、300〜600冊程度読んでいるという。教材は量こそ多いが、どれも楽しそうである。


Q 授業のポイントは何か?
 一つは「多読」。これまでの英語教育は、どちらかというと一言一句正確に捉えようとするものだった。それをわからないところがあってもいいから、わかる範囲 で楽しんで読んでいくというように変えた。多読は、生徒の力に応じて楽しめる、 生徒一人ひとりのペースで吸収できるというメリットがある。
 二つめはテキスト。“OPEN HOUSE”と“Oxford Reading Tree”の組み合わせがあってはじめて可能であった。文法、リスニング、ライティングとバランスよく 学べる教材。ワークにしても、機械的練習でなく身近な事柄が内容になっているので身につきやすい。
 三つめはすべて英語で行うこと。日本語を介さず、英語のまま捉える習慣をつけさせたかったのは、「大学受験の先で自由自在に英語を駆使できるようにしてあげ たい」と考えた結果、到達した結論だった。


Q 他学年では検定教科書の授業をやりながら、一方でこうした試みにチャレンジすることは大変だったと思う。英語科内で反対はなかったのか?
「鴎友は新しいことをやることには柔軟な姿勢の学校です。提案は私(高見先生)でしたが、英語科のみな(現在:専任13名、講師10名、ネイティブ2名)が、以前から『英語を使える生徒を育てたい』という思いを持っていました」という。校長、教頭、他の教員も「基本的に教科のことは教科に任せる」土壌があるので、「すごく心配はされたが、反対はされなかった」そうである。

◆ 図書館も重要なポイント

 一通り話を聞き終わったあと、図書館に案内された。図書館の一画が二代目の校長であった市川源三先生の胸像が置かれた市川源三ライブラリーになっている。中央に読書用のテーブルが置かれ、部屋の二面の書棚にはたくさんの本が並んでいる。そのほとんどが洋書であった。幾つか手にとって見てみると、1冊1冊すべての背表紙にその本の総語数と難易度を記したシールが貼ってある。このシール作りだけでも大変な作業量と容易に想像される。が、これがあることで、生徒は読書の記録をつけ、百万語をめざして読んでいるという。
 前号の「ビジョナリー」の今月のクローズアップ『作業と仕事』をお読みいただいた方はご記憶だろうが、高見先生と話をしながら、私の頭の中にはずっと「この先生は『仕事』をしている」というフレーズが浮かんでいた。

◆「リスクを冒す」ということ

 高見先生と別れた後、校長室に清水校長を訪ねた。鴎友学園の英語教育の転換については、実はずいぶん前に聞いていた。そのときに真っ先に思ったことが、「高い大学合格実績が求められる鴎友レベルでよくリスクを冒せたな」ということであった。そのことがあったので、校長にも話を聞きたかった。
 GOサインを出せたのは、「生徒のレベルが上がり、また先生も鍛えられて力量が上がってきたから」だという。それでも清水校長は、英語科の一人一人に「英語で 教えることをやる意志」を確認している。
 全員の答えが一緒だった。「やります」。高見先生はこうも話した。「大学受験も絶 対大丈夫ですから。むしろ今これをやらなければ、今以上の結果は出ません」。
 決めてからは、保護者の反対を想定して、説得するための「理論武装」にも力を入れた。
「大丈夫ですから。ちゃんと力はつきます。ご辛抱ください」---そうしたことを言 いつづけた。在外生活経験者を中心に、賛成してくれる人も結構いた。その一方で、 子どもを塾に通わせ始めた家庭もあった……。
 1年が過ぎて、効果が見えるようになると、反対は半減した。
 教室に持ち込んだ大量の洋書、図書館で見せてもらった洋書のことが頭にあったので、経費的なことも聞いてみた。「2004年度以降洋書書籍代として150万〜200万円使用している」そうである。
 英語の授業を見学し、英語科の先生に話を聞いたわけだが、これだけのことでも、学校が全体として活性化しているという印象を強く持った。
 トップの指示で課題を検討するのでなく、自分たちの教科の将来像について自分たちで研究し、提案する土壌。「先生、学校のチャレンジする姿を見ているからこそ、 生徒もチャレンジする」──そんなことも思った。
 最後に、清水校長が何気なく口にした言葉を収録しておきたい。
 「時には見えないものを見ることも必要と思います」

(「ビジョナリ−2008年1月号掲載) 




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