教育春秋
木村コーチ 届きましたか
 2010年4月8日、毎日新聞のスポーツ面(プロ野球面)の最上段に据えられた見出しは、意外な見出しであった。
 巨人・西村健4季ぶりの先発勝利でもなければ、ヤクルト・デントナ来日初の満塁本塁打でも、ロッテ両リーグ10勝一番乗りでもなかった。

「木村コーチ 届きましたか」

 見出しの下に添えられた写真は、巨人・小笠原が右越え2点本塁打を放つまさにその瞬間を捉えたもの。
 巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが7日、くも膜下出血のため37歳で死去したことを悼んだものである。
木村コーチは、私にとっては11年間在籍した広島時代の二塁手・遊撃手のイメージが強いが、内野も外野もどこでも守り、打撃でも右でも左でも打つまさにユーティリティプレイヤーであった。どのポジションでも出られるように常に5種類のグラブ (野球)" グラブ(一塁手用、二塁手・遊撃手兼用、二塁手・遊撃手兼用予備、三塁手用、外野手用)を持ち歩いていたという。
 こうしたユーティリティプレイヤーになったことについて、広島の松田元オーナーは「自分が必要とされる場所を探し、挑戦し、成し遂げた人」と語っている。

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「安田研通信」2010年4月上旬号

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