教育天声人語
小さな運動会で感じたこと

  ときどき、自分が仕事をしている世界とは少し離れた世界に身を置くようにしている。今回はダ
 ウン症児の施設の運動会に開会から閉会まで居てみた。運動会といっても、室内で行うものである。
 小学校入学前の幼児を預かる施設なので、屋外の広いグラウンドは必要ない。むしろ全員が施設員
 の目の届く範囲に居てくれた方がいいのである。幼児だから、お父さん・お母さんが皆若い。それ
 に、とても明るい。
  開会式、聖火入場(火の代わりに赤い綿)、準備体操があって、競技が始まる。種目は、球入れ
 パン食い競走、リレーなど5種目。球入れは高い所に入れるのではなく、赤白のかごが床に置いて
 あり、そこに入れる。個人競技は、年齢、症状に応じたグループごとに使われる道具が異なる。施
 設員の奮闘ぶりがスゴイ。それでも順調になど進まない。床に置いたはしごの上を歩く競技でも、
 すぐに立ち止まってしまう。せっかく進んだのに戻ってしまう。途中で寝転がってしまう子も……。
 が、せかさない。皆がゆっくり待つ。はしごを渡り終わると、自分の子以外でも皆が拍手をする。
  知らないおじさん(私)のところに握手しにくる子が何人もいる。保護者競技もある。お父ん・
 お母さんが位置に着くと、スターターがそれぞれの名前を言う。毎日のように送り迎えをしている
 ので、施設の人間とは顔なじみなのだろう。
  パン食い競走。ダウン症児はパタパタとパンのところまで来て、咥えるにも時間がかかる。その
 あと、来ていた健常児の兄弟・姉妹が行ったのだが、こちらは全員がアッという間にゴールしてし
 まう。そのスピード感の差は、上達の差などではなく、まるで次元が異なるものだった。こんなに
 も違うものなのか! 私にはその日いちばんの衝撃だった。
  が、帰りの電車の中で、改めて人はそれぞれの「生」を生きていることに思い至り、細かなことを
 気に病んで生きていても仕方ないと、どういうわけかおおらかな気持ちになったのだった。

「ビジョナリー」2015年12月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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