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2月から新聞社系週刊誌には、毎週のように高校別大学合格者数ランキングが掲載されている。
こうした記事を見ると思い出す本がある。「ハード・アカデミズムの時代」(高山博著 講談社刊)
である。高山博氏は西洋中世史が専門の歴史学者であるが、東大とエール大両方の大学院で学ん
だ経験をもとにこの本を書いている。1998年の刊だから、安田教育研究所を設立する前に読んだ
ものである。
プロローグにこんな記述がある。父と子が週刊誌の東大の大学合格者数ランキングの記事を見
ながら会話する。「○○、お父さんは、あと20年もすれば、週刊誌は海外大学ランキングをやっ
ていると思うよ。」読んだときはさして気にも留めずにいたが、今になってみると、17年も前に
こんなことを予言していたというのは驚きだ。
本文では、『ハード・アカデミズム』とは,新しい知を作り出す創造的行為であり,『ソフト・ア
カデミズム』とは,すでに存在している知を,人々にわかりやすく伝え、教授することであると
定義している。そして、日本の多くの学者は、先人や欧米の学説を解説、輸入することばかりで、
自分自身では新しい学説を創造し、世界に発表しようとしないと、『ソフト・アカデミズム』に対
して批判的である。
中高の教員の職務は、基本的にはこの定義でいうと明らかに『ソフト・アカデミズム』に当たる。
がいま、大学のみならず中高も、「学びの質の転換」が求められている。そしてそれは、学びの内
容よりは学び方の転換といった側面が強い。学び方の転換であっても、そこには学校独自の創造
性が求められると思う。自校の目指す教育、生徒の学力、教員の力量…そうしたものを踏まえて、
自校にふさわしいスタイルの学びをつくりだすこと。それが、中高における『ハード・アカデミ
ズム』になるのではないだろうか。
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