教育天声人語
空が青いから白をえらんだのです

  「先生!」(池上 彰編 岩波新書)に登場する先生は、普段仕事で接している先生とはまるで
 違う世界の先生ばかりである。なかでも、ひょんなことから奈良少年刑務所で服役している少年
 たちの心を童話や詩で耕すことになった詩人のエピソードは感動的だ。
  この詩人・寮美千子さんは、刑務所の中でももっとも厄介な、全く口をきかない、コミュニケー
 ションが取れない少年たちに、ある日、詩を書かせる。題材は「好きな色」。A君が「くも」とい
 うタイトルの詩を提出する。
  空が青いから白をえらんだのです
  たった1行。が彼は、この1行を朗読したことをきっかけに口を開くようになる。
 「ぼくのおかあさんは、今年で7回忌です。おかあさんは体が弱かった。けれど、おとうさんは、
 いつもおかあさんを殴っていました。ぼくはお母さんを助けられなかった。」
  おかあさんは、亡くなる前に彼にこう言います。「つらくなったら空を見てね、わたしはそこに
 いるから。」
  白いくもはおかあさんだったのです。その後、教室に奇跡が起こります。
 「A君は、この詩を書いただけで、親孝行やったと思います」「A君のおかあさんは、きっと雲
 みたいに真っ白で清らかな人だったんだと思いました」……次々に感想を口にする者が出たので
 ある。
 「ぼくは、おかあさんを知りません。でも、この詩を読んだら、空を見たら、ぼくもおかあさん           
 に会えるような気がしました」と言った子がいる。彼はこれだけ言うとわっと泣きじゃくったという。
 『空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集―』は新潮文庫にある。

「ビジョナリー」2013年10月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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