教育天声人語
やはり先生という仕事はいい

  静岡県私学教育振興会のリーダー研修会に招かれ、「リーダー的な立場の教員の役割と使命に
 ついて」という題で、お話をした。
  万が一新幹線が遅れるといけないので、1時間半ほど余裕をもって静岡駅に着いた。私学会館
 は駿府城のすぐそばなので、十二分に時間がある。時間つぶしに、中心街の通りをブラブラ歩く。
 途中、地元資本の老舗の書店があった。いつもと違い、購入したい本があるわけではない。神経
 を落ち着かせるために美術書のコーナーに足を向けた。
  淡い色調の、裸に薄いベールをかけただけの女性の写真集が目に留まった。ヌードではあるが、
 エロスはまったく感じない写真だった。手に取ると、「島村信之画集」とあった。写真集ではな
 く画集である。帯に待望の初画集とある。
  開いてみると、そこには静謐な世界が広がっていた。静かで清らかな女性が写真と見間違うく
 らいな正確さで描かれている。が、確かに写真にはない情感が漂っている。
  どんな人なのか、知りたくなった。巻末に年譜がついていた。そこに、こんなことが記されて
 いた。埼玉の大宮北高校時代は、美術部でもなく陸上競技部だったが、たまたま美術の時間に描
 いたデッサン画に美術の先生が注目してくれた。大学も当初は経済学部を受験するつもりでいた
 が、ふと美大も視野に入り、先生に相談した。
  先生は美術の世界で生きていくことの厳しさをこんこんと語ったが、同時に美大を受験するこ
 とを応援してくれ、何くれとなく面倒を見てくれた。年譜としては異例な、高校時代の先生との
 出会いが数行にわたって語られていた。
  この先生の発見が、島村信之を生んだと言える。一人の人間の人生に関わる仕事。才能を発見
 できるだけのプロとしての「見る目」。やはり先生という仕事はいい。

「ビジョナリー」2012年1月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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