教育天声人語
「体系的」でこそ栄養になる

 
  仕事柄、変更点をよく記事にする。これがやたらと多い。3年前に新しいコースを新設
 したと思ったら、もう変更だったりする。コースを設けるということは、担う教員、見合
 ったカリキュラム、施設等、それなりの準備をしているはずだ。それが3年程度で反故に
 なることが信じがたい。表層的にしか検討、準備をしていなかったと思われてしまう。
  また、インテグラル、エクシード、ウィステリア……(差し障りがあるので関西の例を
 挙げた)と、受験生・保護者からしたら中身が全く分からない名称を付けているケースも
 結構ある。学校としては理由、根拠があるネーミングなのだろうが、「相手側から見たら
 どうなのか」という視点が欠けているのではないか。トップの思いつきに、誰も異を唱え
 られないという風土すら想像される。
  もう1 つ気になるのは、探究、STEAM 教育、アントレプレナーシップ教育、SDGs、
 英語4 技能、データサイエンス、プログラミング、オンライン英会話、PBL型授業……
 「何でもかんでもやっています」という姿勢の学校が増えていることだ。時代感覚が鈍い
 学校は生き残れないので、挙げた個々はいずれも大事だ。が、よほど人材が豊かでなけれ
 ばあれもこれもは風呂敷だけで終わってしまう。それに、失礼な言い方になるが、“つま
 み食い”“食い散らし”では生徒にとって本当の栄養にはならない。
  うちは何についてなら平均以上のことを成し遂げられるのか、内部の実力を客観的に
 見極めていただきたい。限りある人的資源をどう活かせるか、100%活用できる、そこ
 に少子化等学校をめぐる環境が厳しくなる時代にあって、存続のカギがあると思う。
  もう1つは、クイズの能力を養うのではないのだから、勉強は断片的にではなくやはり
 「体系的」であることが重要であると思うのだ。

「ビジョナリー」2024年2・3月号掲載     |もくじ前に戻る

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