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取材を受けた掲載誌「VERY」(光文社刊のファッション誌)が届いたのでパラパラめくっていた
ら、一部の層は一段と教育にお金をつぎ込んでいることがうかがえた。幼稚園受験のお受験教室
に通わせるためにプレスクールに入れている(成城の街を歩いていた時にプレスクールの看板を
目にしたことを思い出した)。
わが子をインターナショナルスクールに入れる家庭も増えている。記事を読むと、父母どちら
かがインター出身、在外生活経験者、外資系勤務などが多い。先日会合で会った私学の先生の友
人はCAで(旦那は医者)、やはり子どもを葛西のインド系インターに入れていた。街を歩いてい
ても、突然インターナショナルスクールが出来ていたりする。それだけ需要が多いのだろう。
別の取材(朝日新聞)では、中学入学後すぐに鉄緑会やグノーブルに入れる家庭が増えていると
いう現実もあった。
そんな「過教育」の実態に、「10月からコートを着せるようなもので、本人は丈夫に育たない」
とため息を漏らしていたときに、複合機の新しい担当社員が訪ねてきた。書棚を見て、「教育の
仕事をされているのですか?」と言う。「そうだけど」「うちの妻は藤沢で公立小学校の教員をして
いるんです」というので、奥さんから日々聴かされている学校での苦労に話を振る。「クラスに
貧乏なのに8人兄弟の子がいるんです。幼稚園も保育園も経験したことがなくて入ってきている
から、集団生活ができなくて大変とよくこぼしています」
そんな両極端の経験をしているときに読んだ本に、以下の記述があった。
「非凡な人間にとっては最高の、そして平凡な人間にとっては最悪の時代である」「アメリカは
300万人の領主と3億人の農奴の国になる」
教育の世界もまた格差が拡大する一方だ。
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