長編学校ガイド
 
本郷中学校 東京都 男子校
本郷はなぜここまで躍進できたのか

 安田教育研究所のセミナーに、前校長の高橋雄先生をお招きし、本郷躍進の秘密を語っていただきました。ここに掲載したものはその内容のダイジェストです。

1 中学募集、高校募集を両立させるための工夫

【 本郷の沿革と高校入試の概要 】

 私は6年間本郷でお世話になりました。
 まず本郷の戦後の歩みを簡単に紹介いたしますと、高度成長期に機械科(1992年に電子機械科へ科名変更)、デザイン科を、1985年に理数科を設置いたしました。その後88年に中学校を開校し2クラス募集しましたが、この時点ではまだ高校が主体の学校でした。その後徐々に中学の志願者が増え、その一方高校募集の電子機械科とデザイン科の応募者が減少しましたので、96年にこの2つの科の募集を停止しました。
 また高校の募集で推薦入試を導入して以降、普通科の一般入試と一般推薦、理数科の一般と推薦、スポーツ推薦と多岐に渡った募集を行ってきました。ところが、理数科はその名前に値する生徒がおらず、01年には一般・推薦合わせて40名の募集に28名の合格者しか出せず、結局その年をもって廃止といたしました。同じくスポーツ推薦も優秀な生徒が集まらずに02年を最後に中止しました。最終的に03年からは普通科の一般と推薦の2本立てで落ち着いています。
 02年に文科省が学習指導要領を改訂し、週5日制を実施したことを受けて、 本校でも6日制から5日制へと変更いたしました。授業時間を確保するために、週に2日7時間授業を実施しました。さらに高校入学者は、中学からの内部生に追いつくために、高校1年次に1.8年分の数学の授業を行っており、週5日のうち4日は7時間授業というかなりハードなスケジュールになってしまいました。7時間授業後のクラブ活動で疲労がたまり、夏休み以降になると生徒に覇気が感じられませんでした。5日制に疑問を抱き、夏休み明けの最初の会議で先生方に諮ったところ、80%の先生が6日制に戻すことに賛成し、結局5日制は1年間だけで翌年には6日制に戻しました。
 05年に東京都が公立中高一貫校を導入し、本校も「受験生をとられるのではないか」と危機感を抱きました。募集の主体は、すでに中学の方に移っており、高校募集をやめ中学に一本化すべきではないか、という意見も出てきました。そこで職員会議にかけたところ、06年から3年間様子を見て、志願者が集まらなかったら高校からの募集を停止する、ということになりました。今年がその3年目にあたるわけですが、幸い志願者数も順調に推移しており、今後も継続して高校から募集していく予定です。

【 内部生と高校入学生の融和にオリエンテーション 】

 本校の高校入試について、いくつか特徴をお話します。まず推薦ですが、受験生には一般と同じように、英・数・国の3教科のテストを行って選抜しています。本校の推薦は、あくまでも本郷を第一志望にしている、ということです。また高校1年次に1.8年分の数学の授業を行っていることを学校説明会の折りに必ず伝え、「その授業に耐えられる生徒だけ、受験してください」とアピールしています。実際に入学してきた生徒は、勉強だけでなくクラブ活動も熱心に行っています。「つらいことから逃げるのではなく、つらいことを努力して乗り越えてほしい」と語ることで、気概のある生徒が入学してきます。学校がどのような生徒を求めているか、受験生や保護者にきちんとアナウンスしなければ、学校が期待する生徒は入学してきません。
 カリキュラムに関しては高校入学者はハンディがあるので、1年生は内部生とは別クラスですが、2年生から一緒の混合クラス編成になります。06年から内部生と高校入学生との交流を図るため、箱根で2泊3日のオリエンテーションを行っています。班ごとに協力しあって行動することで信頼感が生まれ、お互いを認め合うことができるようになります。このオリエンテーションは、うまく融和するための手だてとして、今でも先生方が進んで取り組んでいます。
 高校入学生は7時間授業が週に2回あるため、クラブ活動に差し障りがあるのでは、と危惧もしましたが、意識の高い生徒が多く、ハンディをものともせずにがんばっています。高校2年生からは混合クラスですが、生徒たちはわだかまりなく、うまくやっているようです。勉強面でも高1というと、内部生にとって中だるみの時期ですが、意気込みのある高校生が新たに加わることで発憤し、その後成績が上昇する事例が見られます。高校入学生がカンフル剤のような役割を果たしてくれているようで、高校募集はこれからも続けていく予定です。

2 生徒の意識改革

【 生徒を信じて任せることが大切 】

 それでは6年間で生徒の意識がどれだけ変わったか、お話したいと思います。これはどの学校でも可能ですが、教師が一丸となってやらないとできません。校長からのトップダウンでは無理でしょう。
 中学の募集は当初の2クラスから徐々に増え、02年より6クラスになっています。99年には受験者が前年より1000人以上も増えました。これは2科から、2科4科選択にしたことが奏功しました。その後翌年は難易度が上がって減少、また次の年は上昇としばらく増減を繰り返します。04年からは減少傾向がなくなり一定の割合で増えています。
 この間に行った生徒の意識改革ですが、02年にまず生徒朝礼を復活させました。以前は先生が号令をかけていたのですが、なかなか静かになりませんでした。同年、生徒の方から「号令は僕たちがやります」と申し出があったので任せてみたら、先生よりも静かになるのが早かったのです。先生が高圧的に声を掛けるより、同じ仲間がしたことで受け入れられたのかもしれません。
 他にも、生徒に任せることで成功したことがいくつかあります。そのひとつが競技大会です。種目もスケジュールも生徒が決めていますが、先生がやるよりもスムーズに運営されています。また9月の体育祭は05年まではすべて先生が主導していたのですが、競技のない生徒は、どこかへ姿をくらましていました。生徒主導になってからは応援合戦も加わり、生徒一丸となって行っています。本郷祭でも、食べ物の模擬店を開く際、容器に土に帰るエコカップを採用し、ゴミ処理代をそれまでの半額に減らすことに成功したりしました。
 生徒に任せるには、生徒を信じることです。失敗したら、次の反省材料にすればいい。思い切って生徒にゆだねることが大切だと思います。

【 特進クラスを開設し目的意識を高める 】

 02年には特進クラスを設置しました。これは難関国立大受験を希望する生徒が増えてきたため、それに対応する目的で設けたものです。特進クラスは東大、京大、一橋、東工大の四大の志望者に限定し、同じ目的意識を持った生徒を集めて指導することが狙いです。
 前提として、中学3年の時点で特進予備クラスを2クラスつくり、高1で1クラスに絞ります。高校入学生も加え、高2の時点で特進クラスをさらに絞ります。
 当初はなかなかうまくいきませんでした。まず保護者の反感を買い、批判が出されました。「入学時に特進クラスをつくることは聞いていない」「理科選抜と特進以外はどうするんだ」というものです。また特進クラスの狙いが生徒に理解されずに、早稲田に合格して満足し、四大を受験するのをやめてしまう生徒もいました。そこで保護者には機会があるごと粘り強く説得し、生徒にもあくまでも四大を目指すクラスだということを意識付けしました。

【 文武両道の奨励 】

 03年からは文武両道を奨励しました。勉強とスポーツを両立させるのは、生徒にとってもつらいことです。しかしそれから逃げていては、社会に出てからもつらいことから逃げる習性が身に付いてしまいます。「文武両道の意識を強く持て」と言い続けたことで、生徒の意識も変わってきたように思います。
 実際にラグビー、サッカーなど激しい運動を行うクラブに所属しながら特進クラスに進む生徒も多く、文武両道の意識が根付いているように感じられます。

【 早朝読書の導入とHRの改善 】

 また03年からは早朝読書を導入しました。朝8時20分から10分間、本を読む時間に充てます。狙いは、落ち着いた静かな雰囲気で次の授業を迎えたい、ということでした。またこの時間をきっかけに本が好きになってくれればいい、とも期待しました。導入前は先生方から反対されました。当時8時半が始業時間だったのですが、遅刻者が多く、それを10分早めたらさらに遅刻が増えるというのが理由でした。また国語の先生からは、「10分程度では短すぎて読書にならない」と反発されました。
 ところが、実際に始めてみると、逆に遅刻が減少したのです。人間はルールをきちんと作れば、それに合わせて自分を変えることができる、と実感いたしました。また以前は遅刻した生徒は悪びれずに入室してきたのですが、早朝読書をはじめてから、他人に迷惑がかからないように静かに入室し、自主的に本を読むようになりました。生徒の意識も変わったのです
 高校での反対が強かったため、当初は中学だけで導入しましたが、中学の学年が高校に進学したのをきっかけにそのまま高校でも続け、昨年から全校生徒に展開しています。
  読書の後はHRを行いますが、このやり方も変えました。廊下に白板を用意し、それぞれのクラスごとに先生が伝達事項を書き込みます。すると日直当番がそれを書き取ってクラスの黒板に写します。伝達はそれで終わりで、あとは各自黒板を確認します。ではHRでは何をするかというと、生徒の意思伝達の場として使っています。生徒一人一人が3分以内に自分の思っていることをアナウンスします。週に1回行われるロングホームルームで、その内容について意見を交換します。

【 自学自習の徹底 】

 04年からは自学自習の徹底を図りました。これは口で言うのは簡単ですが、実行するのは非常に難しい。中には「生徒を放っておけばいいんだな」と思われた先生もいて、まず先生から意識を変える必要があると痛感しました。「教えることは、生徒に教わることを強いること」という意識を持ってもらい、学ばせる大切さを訴えました。
 ただし、中学受験に向けて、与えられたことを長期間もくもくとやってきた中1〜2年生には無理な話です。そこでこの間に自学自習のスタイルを身に付けるため、先生方に工夫してもらうようにお願いしました。「生活の記録」の冊子を作らせ、毎日自分で反省文を書かせました。最初は「できた」「予定通りできない」など、漠然としたものでしたが、2学期になるにつれ「英語をもう少しがんばればよかった」など、具体的に書けるようになってきました。「生活の記録」には、保護者や担任も毎日感想を書くようにしました。これは担任の負担が重いので、中1〜2年生は2人担任制にしてあたっています。
 中3になるとおおかたの生徒が自分で計画した生活のスタイルが持てるようになり、「生活の記録」も生徒に任せるようにしました。04年当初は、授業についていけなかったり、つまらないと感じている生徒も少なくありませんでしたが、「勉強は自分でやらなければ身に付かないぞ」と、ことあるごとに言うことで生徒の意識も変わってきたようでした。
  自学自習の前提として、生活習慣が身に付いていなければなりません。その基本を挨拶と考え、学校では挨拶を徹底させています。最初は面倒くさそうな様子でしたが、先生の方から根気よく生徒に挨拶をし続けることで、先生、生徒同士はもとより、外から来校されたお客様にも自然と挨拶ができるようになりました。人間は集団で生きており、その中の一人として相手を認めることが大切です。その第一歩が挨拶だと思います。これは学校だけでなく社会に出てからも身に付けなければならない、人間としての基本です。

3 教師の意識改革

【 論文をもとに個人面談で意志疎通 】

 意識改革は、生徒だけでなく教師の問題でもあります。03年から先生への夏休みの宿題として論文を課すことにいたしました。本校には70数名の専任教師がおりますが、夏休み明けに一人ひとりと論文をもとに面談し、意志疎通を図ります。また、主要5教科は年に2回(実技教科は1回)、生徒を対象に授業アンケートを実施いたしました。基本は5段階評価ですが、生徒からは「雑談が多すぎます」「字をもっときれいに」などの感想も寄せられています。
 以前は定期試験の開始が、勉強時間を確保するために9時40分からでしたが、「勉強は試験のためにするのではない」と、通常の8時40分に改めました。定期試験と言えば、以前は中学と高校で1週間のタイムラグがあり、別々に行っていましたが、その日程を統一しました。そしてすぐ夏休みに入るのではなく、試験後1週間通常授業を設けて、試験でできなかったところ、自分の欠点を反省する時間を設けました。
 夏期講習については漠然と行うのではなく、たとえば「ベクトル」「英作文講座」などテーマを絞り、現在ではのべ50〜60種類の講座を開講しています。
 先生方には「募集には全教員があたるべきだ」、さらに「共有財産として卒業生を送り出そう」と話しています。説明会などでは全教職員が受験生・保護者に本校の説明をします。そのためには新人の先生でも、パンフレットをよく読み、先輩の先生から話を聞いて、学校のことを熟知しなければなりません。本校では、年に3回、理事長、校長、教頭が新人の先生との話し合いを持ちます。学校を活性化するには、若い先生を活用することです。勤務年数が長い先生だと古い時代の本郷のイメージがあって、変わるのが難しい一面もあります。したがって、生徒会の行事は若い先生に任せた方が生徒もやりやすいし、先生も子どもと一緒に苦労することで成長していきます。

【 保護者も巻き込んだ教養講座 】

 中1〜2年生を対象とした教養講座では、保護者を巻き込み、得意な分野で開講してもらっています。また授業は全科目、年に4回公開に務めています。

4 なぜ志願者が減らないのか

 志願者が減らない理由のひとつは、不合格者に結果を開示していることだと思います。今は多くの学校で複数回入試を実施されていると思いますが、たとえば1回目の入試で、「国語が○点足りなくて合格できなかった」とわかれば、自分の欠点を克服して2回目、3回目に挑戦しよう、という気になれるのではないでしょうか。またその結果が思わしくなくても、本人は納得すると思います。
 私自身は、保護者会や学校説明会の時には、いっさい大学進学成績のことは言いません。それはパンフレットを見ればわかることです。それよりも、6年間でどういう人間に育てるのか、学校に入ってから子どもをいかに教育するのかをアナウンスするようにしています。
 入試説明会の時にアンケートを書いてもらうのですが、「本郷で何を学ばせてもらうのかよくわかった」という回答が多く、受験生の保護者が学校に望んでいることと、本校の教育方針が一致していることが、志願者が減らない理由だと思います。
 大学合格実績を見ると、それほど本校がいいわけではありません。進学決定率を見ても、浪人が多い年もあり、もっと伸ばす必要があると感じています。せめて第一志望に6〜7割行かないと意識改革が成功したとは言えないでしょう。
 これから生徒にもう一度、「自学自習」、「文武両道」の意識を植え付けていくことが本郷の課題かと思っています。




本郷中学校HP
「長編の学校ガイド」について校名リスト前に戻る|次に進む

(c)安田教育研究所 無断複製、転載を禁ず