教育天声人語
『家族ゲーム』

  朝日新聞の土曜日朝刊には「be」という8ページの別刷りが2種類入る。ブルーのほうはビジネ
 スより、オレンジのほうは文化よりといった性格付けである。オレンジのほうの1・2面は、この
 3月までの数年間は「うたの旅人」という特集が組まれていた。新聞記事としては例外的な3300字
 という文章量で、それだけに各担当記者が力を込めて書いていることがうかがえる。
  この4月からは「映画の旅人」に変わった。5月18日土曜は、森田芳光監督の『家族ゲーム』が取
 り上げられた。「横一線の食卓」の写真で記憶に残っている方も多いと思う。1983年の作品。ちょ
 うど30年前である。東京湾を臨む団地(勝鬨橋の近く)に暮らす沼田家は、父(伊丹十三)、専業
 主婦の母(由紀さおり)と2人の息子の4人家族。ひきこもりがちで勉強嫌いの次男の高校受験の
 ために家庭教師(松田優作)が雇われる。
  当時の高校受験事情を知りたいということで、取材を受けた。家の書庫を探し、私が編集長を
 していた1983年の「中学三年コース」を見つけ出した。取材記者と一緒にページを繰る。アイドル、
 ニューミュージック、深夜放送……そうした記事が多い。それらに混じって、学習記事・受験情
 報や「きみの家庭は温かですか?」という生活記事(そう呼んでいた)もあった。
  当時は読者との距離が近く、真剣な悩みが毎日のように寄せられていたことを思い出した。高
 校受験で言えば、47都道府県の公立高校の入試制度はほとんど頭に入っていた。最近のように変
 化が激しくなく、どこでも10年間くらい変化がなかったからである。また、若い先生方は信じら
 れないだろうが、秋田・福島・長野などにはその土地の名門高校に入るための「中学浪人」がいた。
 中学浪人専門の予備校「平成人学校」(福島県いわき市)に取材に行ったこともある。
  30年を経て、一人ひとりがバラバラで乾いた家族関係はあまり変わっていないが、受験戦争は
 この間「受験生の戦争」から「学校の戦争」へと大きく変わった。

「ビジョナリー」2013年6月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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