教育天声人語
映画「スパイダーマン」からベンサムへ

  11月の土曜、ある学校の土曜特別講座(この学校では平常の授業は月から金)を見学させても
 らった。以前は、講座名が「“大学入試問題”から学ぶ公民」といったものが多かったので、足を
 運ぶ気が起きないでいた。大きく変わったと耳にしたので、興味がわいた。
  理科のラボ実験講座、ネイティブイングリッシュ講座など幾つかを見せてもらったが、中学1年
 推奨講座である(希望制で他学年の講座の受講も可能)「“現代”を考えるための4つのテーマ」の
 教室にいた時間がもっとも長かったので、ここではこの授業の報告をしたい。今回のテーマは「社
 会全体の利益を考えれば少々の犠牲はやむを得ないのか?」。
  イメージとしては、例のサンデル教授の白熱授業を思い浮かべていただくのがいいと思う。前
 の週では、武田泰淳の「ひかりごけ」、角田光代の「八日目の蝉」を扱ったとのことだったが、こ
 の日は映画「スパイダーマン」の一場面を見せた。世界征服を企む悪役ゴブリンに、究極の選択を
 迫られるスパイダーマン。片思いの恋人を救うかゴンドラに乗った大勢の子どもを救うか。5 分間
 ほどグループごとに話し合いをさせ、発表させる。
  「ゴンドラが落下すると乗っている子どもだけでなくガラスが散らばって大勢が怪我をするから
 子どものほうを救うべき」「片思いの相手を救っても結婚してくれる保証はない」……こちらが考
 えなかった意見も出てくる。中には帰国生で英語で発言するものもいて、それを皆に通訳してく
 れる生徒も。教室は実に賑やかである。
  授業はそこからベンサムの功利主義へと展開する。「最大多数の最大幸福」。
  生徒に、勉強の面白さを知らせたいと始めたが、副産物は意外なところにあった。まず先生の
 ほうが格段に生き生きしだした。また、この学校ではこうした授業をできることを知って、他校
 から、塾から、民間企業から先生希望者が詰めかけてきたのである。

「ビジョナリー」2011年12月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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