教育天声人語
人は、「思春期の文化」を持ち歩く

  昨年末、小学校時代のクラスメートから久しぶりに電話があり、「安田君、○○君とは高校が
 同じではなかった?」と聞かれた。「○○君とは幼稚園から高校まで同じだけど、なぜ?」と答え
 たところ、○○君は去年の12月末に亡くなっていて、「有志で1周忌を兼ねて墓参りに行こう
 かと考えているんだけど、行かないか・・・」という話であった。
  小学校の同級生は女性を含め8人ほどが参加し、墓参りの後、○○君のお母さんを囲んで会
 食した。当然、昔の話が出る。
  瀬戸内海の小島からの転校生がいなくなり、授業そっちのけで皆で捜し歩いたこと。放課後
 は毎日のように野球が出来る空き地を求めて皆であちこち放浪したこと。夏の夜、校舎の壁に
 白い大きなシーツが垂らされ、そこに『ビルマの竪琴』(安井昌二主演の作品)が映されたこと。
 小掛照二が三段跳びで世界新記録を出し、男は誰もが三段跳びに挑んだこと・・・・・・。昭和20年
 代の終わりから30年代のはじめ、まだ日本は貧しい時代だったが、皆で思い出してみると結構
 いろんなことがあり、豊かな時代だった。それに実によく皆で一緒に行動していた。
  こんなことがあり、昨夏に大病した高校時代のクラブの仲間の見舞いに、同期3人と行った。
 いろんな話が出た中に、大病した友人が外資系メーカーのエンジニアでありながら、会社員時
 代に会うと、高校時代の読書さながらギボンの『ローマ帝国衰亡史』を読んでいたことが出た。「そ
 ういえばお前、ビジネスマンなのにいつも『聊斎志異』とか変なのを読んでいたよな・・・・・・」。
  私は自分が教育関連の仕事をしているせいで自分が特に中高時代を引きずっているのかと
 思っていたが、ここにも「思春期の文化をずっと持ち歩いている人間がいた」。
  思春期をどのような文化環境で過ごすのか。その後の人生に大きく影響することを強く感じ
 るこのごろである。

「ビジョナリー」2010年2・3月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

(c)安田教育研究所 無断複製、転載を禁ず